「プロ奢られヤー=チョコミント」という超理論が成立した話

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こんにちは、にょけん(@nyoken_box)です。

プロ奢られヤーを知っているだろうか?

人から奢ってもらうことで生活するトリッキーな御人だ。

「何かをした代価として奢ってもらう」とかではなく、単に奢ってもらって生計を立てている。

何を言っているか分からないだろうが、僕も分からない。

分からなすぎて、今文章を書きながら爆笑している。

とにかく、そういう面白い人がいるのだ。

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で、今日ある人(Aとする)とプロ奢られヤーについて話していたら、話が予想外の方向へ展開した。

もうびっくりするくらい予想外だ。

大谷翔平が25kmのスローボールを投げてくるくらい予想外。

藤井聡太が二歩で負けるくらい予想外。

羽生結弦がプーさんを捨ててミニーちゃんに乗り換えるくらい予想外。

 

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僕は別に奢りたくない

予想外の展開を見せる前に、事前情報を渡しておこう。

前提として、僕はプロ奢られヤーに奢る気はない。

ここまではAも同意だ。

ただ、僕は続ける。

「でも、今後余裕が出てきたら奢ってみるかも」

これに、Aは顔をしかめたのである。

そして、あろうことか「お前はアホか」的なことまで言ってきた。

こうして、僕 vs Aの火蓋が切って落とされた。

 

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僕は”今は”奢りたくない

僕がプロ奢られヤーに奢りたくない理由は、今は自分のことでいっぱいいっぱいだからだ。

  • 働く
  • ブログを書く
  • プログラミングを学ぶ
  • 曲を作る
  • テラスハウスを見る
  • 髪を切りたい

やることが多く、奢っている場合ではない。

むしろ奢ってほしい。

2兆円規模で奢ってほしい。

スポンサー募集中だ。

 

ただ、奢る気がないのはあくまで「今」の話。

今後、余裕が出てくれば奢りたくなるかもしれない。

それは、僕にも分からない。

 

Aは”この先も”奢りたくない

僕が今後奢りたくなるかもと考える一方、Aは「死んでも奢らない」と言うのだ。

そして、僕を糾弾してきた。

「何であんな奴に奢るのか理解できない」

そう、言われた。

びっくりした。

いやいや、待ってくれ。

僕が僕の都合で奢るのは良くないか?

Aに借りた金で他人を奢ったとしたら、怒りはわかる。

ただ、Aは僕が僕のお金で誰かを奢ることに対して怒っている。

予想外。

コナンくんが小五郎をスタンガンで気絶させるくらい予想外だ。

 

アイドルに金を使うAと、アイドルに興味がない僕

Aは 毎月数十万円もの金額を、アイドルに投資している。

一方、僕はアイドルに毛ほども興味がない。

ただ、Aに口出しはしない。

僕に関係ないからだ。

これがもし、Aがアイドルに1000円投資するたび僕の口座から100円ずつ引かれていくとかだったら、めちゃめちゃ口出しする。

ブン殴って投資をやめさせる。

でも、実際そんなことは起こるはずもない。

単純に、Aが自分の金を自分のために、アイドルへ使っているだけだ。

その結果、Aは推しに会うこともできて、幸せそうだ。

素晴らしいことじゃないか。

しかし、Aは僕がどう金を使うかに言及してきた。

なぜだ。

なぜ人の金の使い道に文句を言うのか。

「Aにとってのアイドルと僕にとってのプロ奢られヤーは同じだよ」

本当はこう言いたい。

が、これを言ったらAは日本語を話せないくらいにキレてしまう。

困った。

どうしたものだろうか。

熟考の末、思いついた。

「プロ奢られヤー=チョコミント理論」だ。

 

プロ奢られヤー=チョコミント

数時間前、Aはチョコミントのアイスを食べていた。

僕はチョコミントが嫌いなので、「よく食えるな」と言った。

Aは答える。

「まぁクセが強いから食べる人は選ぶよな」

これだ。

プロ奢られヤー=チョコミントだ。

 

説明しよう。

チョコミントは、その個性的すぎる味ゆえに好みが分かれる。

嫌いな人は、「あんなもん食うやつの気が知れない」と突き放す。

さらに、「存在意義が分からない」と、チョコミントの存在そのものを否定する。

プロ奢られヤーにも、同じことが言える。

彼の存在・発言は個性的すぎるから、理解できない人が多発し、批判する。

「あんなもんに奢るやつの気が知れない」

「あいつが生活できている意味が分からない」

アンチチョコミントが、チョコミントとチョコミントラバーに対して抱く感情と同じだ。

ただ、そんなチョコミントにも、一定層のファンがいる。

だからこそ、毎年のようにチョコミント味の商品が発売されるのであろう。

プロ奢られヤーもそうだ。

一定層、好奇心から「奢ってみたい」と考える人がいる。

このように、事実ベースで考えると、本当はシンプルな話だ。

奢ってほしい人と、奢ってあげたい人がいる。

チョコミントと、チョコミントを食べたい人がいる。

それだけだ。

この理論を携えて、Aに問う。

僕「僕がチョコミント嫌いだからって、『絶対バニラにしとけ!チョコミントとかクソだぞ!』とか言われたら謎じゃね?」

A「謎だわ」

僕「『いやオレが好きなもん食わせろよ』って思わん?」

A「思う」

僕「僕にとってのプロ奢られヤーと、Aにとってのチョコミントが大体一緒。興味あるもんに金を使ってるだけ」

A「あー、なるほど」

キマった。

完全に右ストレートが入った。

「プロ奢られヤー=チョコミント理論」爆誕である。

かのガリレオも、エジソンも、アインシュタインでさえも辿り着かなかった真実。

こうして人類は、世界の真理にまた一歩近づいた。

プロ奢られヤーに関する話がチョコミントで落ち着くなど、誰が予想できただろうか。

このこと自体は僕にとっても、宮崎駿が引退宣言して本当に引退してしまうくらい予想外だった。

にょけん

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